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京都旅行記 2日目

こんにちは。ねこまるです。

京都旅行2日目(3/29(木))に訪問したのは以下の通りです。
西本願寺
②京都御所
③本能寺跡
④大徳寺
⑤北野天満宮
鹿苑寺
龍安寺
仁和寺
天龍寺
⑩清凉寺
⑪大覚寺
(青字は世界遺産)
前日の歩きすぎで、朝起きたら下半身が筋肉痛です(笑)
足の裏もメッチャ痛いです( ;∀;)
それでも前日は疲労のため22:00前に寝てしまい睡眠は十分とれましたので、
7:30にはホテルを出発しました。

京都市内の観光は、バスがとても便利ですね!
そこでとても活躍してくれたのがコチラ・・・
20180403132055a32.jpg

京都市内バスの1日乗車券です。

こちらの「1日券」は600円で乗り放題でした(コンビニなどいろいろなところで入手可能です)。
市内バスは距離に関わらず230円と定額なので3回乗ればモトがとれますが、この2日目は9回も利用させていただきました(笑)
ありがたいことです。

↓この日に伺ったところ
2018040411203384b.jpg
西本願寺
 能舞台として日本最古の北能舞台や伏見城の遺構とされる唐門、そして聚楽第の遺構ともいわれる飛雲閣など、多くの国宝を擁する西本願寺は世界遺産にも登録されています。
 20180403092931276.jpg
↑唐門
43956531_624.jpg
↑飛雲閣
↓威容を誇る阿弥陀堂(左)と御影堂(右)(ともに重要文化財) ・・・本当にデカい💦
kyoto-nishihonganji01.jpg

これだけの規模と質の文化財がありながら拝観料はなんと無料・・・!。
拝観者としてありがたく思う一方、真宗教団の組織と財政力が今なお強大であることを感じさせます。
 ※なお、飛雲閣の拝観は基本的に事前予約制です。当日予約はほぼダメだそうです。拝観希望の方はお気を付けください!
京都御所 
今回最も訪れたかった場所の一つです。
20180403094252e5c.jpg
↑紫宸殿
恥ずかしながら、私は桓武天皇が平安京遷都をしてからずっとこちらが歴代の天皇のお住まいだったと思っていたのですが、そうではないのですね(^^;)
794年の遷都時の内裏は、現在の京都御所よりも1.7キロ西の千本通り沿いにあったそうです。現在の京都御所は、土御門東洞院殿(いわゆる「里内裏」の一つ)と呼ばれる地にあたり、南北朝時代(14世紀半ば)から北朝側の内裏の所在地として定着したのだそうです。1392年の南北朝の合一から、こちらが正式の皇居となって明治2年(1869年)まで歴代天皇が住まわれました。
それにしても今回、痛恨だったのは上皇のお住まいであった仙洞御所は、事前に予約しなければ午前中の拝観ができないというのを知らなかったこと・・・。時間的に今回は拝観をあきらめざるを得ませんでした(午後の時間帯の拝観は、現場で予約を受け付けていました)。皆さんは午前の拝観を希望される場合は、075-211-1215(宮内庁京都事務所参観係)に連絡して予約してください!
誠に残念です( ノД`)
本能寺跡
 織田信長最期の地となった場所ですね。

 現在も本能寺はありますが、豊臣秀吉の命により移転させられたものです。
 ↓バスの車内から撮影した現在の本能寺入口
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 信長が自害したこの本能寺跡・・・。彼が自ら火を放ったことで焼け落ちたのは有名ですが、それ以前にも天文・法華の乱で焼かれるなど何度も火災に見舞われてきたそうです。
 なので↓
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 のように、「能」の字が別の字になっています。
 「能」という字の右側の「ヒヒ」の部分は「火(ひ)」の読みが二つもあって火災を招きそうで不吉なので、写真の石碑に刻まれているように、「能」とは別の「のう(PCで変換不能でした)」の字を使っているとのことです。
 現在は地域の自治会館と特別養護老人ホームが入る建物が立っています。
 そして自治会館内には消防分団の詰所があります(笑)
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 建物の管理人の方にお話を伺うことができたのですが、これは偶然だとのことです。しかし何やら「もうこの地で火事を起こしてくれるな」という先人の願いが招いたご縁のように感じました。

大徳寺
 応仁の乱後一休宗純さんが復興したお寺として有名ですね。また、茶の湯の場としても親しまれたために多くの茶室が残り、三門に千利休が自身の像を安置したために秀吉の怒りを買って切腹に追い込まれたことも知られています。江戸時代の紫衣事件で出羽に配流された沢庵宗彭もこの寺院の住職さんでしたね。

北野天満宮
 学問の神ともいわれる菅原道真公を祭神としておまつりしている全国約1万2千の天満宮・天神社の総本社です。
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 私は受験等で神頼みはしないタチですが(本当に可愛げのない男でスミマセン💦)、こうして日々楽しく勉強ができていることに感謝の気持ちをお伝えしてまいりました。

鹿苑寺 
人ごみに弱いねこまるが、今回の旅行で拝観するかどうか最も迷ったのがこちらと慈照寺ですが、勇気を振り絞って行ってまいりました。
 本当に金ピカですね~。
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しかし現在の金閣は1950年に放火で焼失し、1955年に再建されたものなので国宝指定は解除されています。

あと、こんなのもありました…。↓
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お椀の中にお金を投げ入れることができると、弁財天さんが願い事を1つかなえてくれるとのことです…。お椀のまわりにはお金が積もっています。観光客の方がボンボンお金を投げまくっています
・・・大変効率の良いお賽銭箱ですね(苦笑)
こういう発想が出てくるのはやっぱり室町幕府のDNAでしょうか?(^^;)

直轄領が少なく、貨幣経済の中心地である畿内で政権を維持するために室町幕府はおカネを財政基盤とした政権でした。理不尽な分一徳政や関銭の徴収などは、室町幕府が行ったお金に関する悪政の最たるものです。1459~61年に起きた、天候不順やイナゴの発生を原因とする長禄・寛正の飢饉で8万人以上の餓死者が出る中、8代将軍足利義政は民衆を救済するどころか自分の邸宅改築など奢侈にお金をつぎこみ、見かねた後花園天皇は義政を諷諫するための漢詩を贈られるという異例の事態に…orz
作家の司馬遼太郎さんは室町幕府をして「史上最低の政府」と酷評してらっしゃるほどです。そんな印象を改めて思い出してしまいました。

龍安寺 枯山水の石庭で有名な寺院ですね。
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1450年に細川勝元が貴族の別邸を譲り受けて禅寺として開山したのが始まりなのですね。自分が引き起こした応仁の乱で焼失することになるとは何とも皮肉な話です…。
再興された後も、明治の廃仏毀釈で一時衰退した龍安寺ですが、イギリス女王エリザベス2世が1975年に日本を公式訪問した際、龍安寺の拝観を希望され、石庭を絶賛されたことが海外のマスコミでも報道されました。このことがきっかけとなって「禅」の文化や石庭が世界的にも知られるようになったということです。
仁和寺
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 中学生の頃国語の時間に学んだ『徒然草』「仁和寺にある法師」の段でその存在を知ったこの寺院に、41歳にしてようやく来ることができました。
 宇多天皇が開山された真言宗御室派総本山です。門跡寺院(皇族(や公家)の方が住職となられる特定の寺院)として発展し、明治維新まで皇族の方が代々門跡を務められたということです。
 仁和寺は桜の名所と言われているようですが、その名にふさわしく、桜と丁寧に整備された庭園・伽藍が本当に美しかったです。ちょっと他の国には見られない(たぶん)日本独自の美しさのように思えます。
天龍寺
 仁和寺からは鉄道でこちらへ移動しました。
 天龍寺は京都五山第1位の寺院ですね。
 足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るために建立を計画し、その造営費を得るため幕府公許の貿易船である天龍寺船をへ派遣したことでも知られていますね。
清凉寺 
 こちらの寺院は早稲田の入試問題に出題があったことで知りました。
 当初は華厳宗寺院でしたが、16世紀に浄土宗の寺院に変わったそうです(こういうケースもあるんですね)。
 東大寺の僧奝然(ちょうねん)が北宋に渡り、持ち帰ったという釈迦如来像がご本尊です。
 本堂で拝観料をお支払いするとき、受付の方に「奝然さんが中国から持ち帰られたという仏像はこちらにありますか。」とお尋ねしたところ、奥に座っていらした住職さんがわざわざ出てきてくださり、「そういうことを知ってきてくださる方はほとんどいらしゃいません。よく来てくださいました。ぜひご焼香されて行ってください」とわざわざ御開帳されたご本尊の目の前まで案内して下さりました。ありがたいご縁に感謝して手を合わせてまいりました(*^-^*)

大覚寺 
 2日目最後はこちらです。
 教科書では持明院統と皇位を争った大覚寺統の院御所として出てきますが、大覚寺は嵯峨天皇を開基とする真言宗寺院とのことです(弘仁・貞観期設立の寺院が多い気がしますね)。
  この大覚寺の「正寝殿」は、1392年、足利義満のときの南北朝合体の際、北朝の後小松天皇と南朝の後亀山天皇の講和が成立した場所だそうです。
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本当に知らないことばかりでした。

ここまで来て午後5時近くになっていました。そろそろ多くの寺院が閉まる時間です。
歩き回ってヘロヘロになりましたので、バスで帰還しようとしたところ、大覚寺のバス停はターミナル(始発)のため、何と座ることができました( ;∀;ラッキーすぎ…)
終点京都駅まで1時間近くの道のりを寝ながら戻ることができたのは疲労した体には本当にありがたかったです・・・。
 
スミマセン、2日目も長くなってしまいましたので、3日目(最終日)は次回とさせていただきます…。
ムリに引っ張るつもりは全くないのですが(笑)

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コメント

お疲れ様でした

ねこまるさん、こんばんは。
京都旅行の2日目は盛りだくさんでしたね。よく11か所も巡れましたね。その計画性とバイタリティ、すごいです!
「京都御所」が正式な皇居となったのは南北朝の合一以降のことだったのですか。私も知りませんでしたよ。そもそも日本史の教科書でも扱っていないのでは。。仙洞御所は予約制だったのですか。まさに「先達はあらまほしきものなり」ですね^^;
そのほかにも、各寺社の歴史知識のご説明ありがとうございます。とても勉強になりました。

ねこまるさんがこの日に訪れた11か所のうち、私が訪れたことがあったのは(もう18年も前のことですが)、「鹿苑寺」、「龍安寺」、「仁和寺」だけでした。このなかでは、静かでのんびりしていた「仁和寺」が一番好印象だった記憶があります。
でも今は外国人観光客なども多くなり、どこも賑やかになっていそうですね。

次回のブログも楽しみにしています。ブログのアップもかなり大変だと思いますが、無理しない程度に、またよろしくお願いしますね。(実は私も昔、ブログを書いていましたが、現在は休止して4年になりますzzz)

しゅうしゅう様

こんにちは、ねこまるです。

コメントありがとうございます!

時間がたつと旅行の記憶もどんどん薄れていってしまうものですが、仁和寺は私も、とてもよかったな~としみじみ思います(*^-^*)

何といいますか、気品というか品格を感じさせる雰囲気がありますね。
しゅうしゅうさんのおっしゃるとおり、静かでのんびり落ち着いた雰囲気はとてもステキです。
もしもう一度京都を訪れることがあれば、ぜひまた訪問したいです(次回はもう少しゆっくり拝観したいです(^^;))。

長い旅行記になってしまっていますが、またお時間おありなときにでもお読みいただければ幸いです。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします(^^)

ねこまる

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プロフィール

ねこまる (tms358)

Author:ねこまる (tms358)
歴史能力検定の日本史1級に8度、世界史1級に5度合格しています(2019年1月現在)。
普段やっていることなどをつらつら書いています。
宜しければ読んでみてください(^^)

本題とは無関係ですが、ねこ、うさぎが好きです。
今はいませんが、いつか
一緒に暮らせたらいいなと思っています。

※画像のうさぎは歴検と何の関係もありません。
 以前一緒に住んでいたうさぎのイメージでございます(スミマセン)

ご来場者数 2018.6.10〜

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